「義仲寺」を訪れる

「義仲寺」は滋賀県大津にある天台宗系の寺院で、「木曾義仲の死後、愛妾であった巴御前が義仲の墓所近くに草庵を結び、「われは名も無き女性」と称し、日々供養したことにはじまる」と伝えられています。年代は1190年頃からこの地にあることになります。

庭に「芭蕉」の木が植わっているのは、松尾芭蕉のゆかりもあるようです。
俳人松尾芭蕉はこの寺と湖南の人びとを愛し、たびたび滞在した。無名庵で句会も盛んに行われた。大坂で亡くなった芭蕉だが、「骸(から)は木曽塚に送るべし」との遺志により元禄7年(1694年)10月、義仲の墓の横に葬られた。芭蕉の門人である島崎又玄(ゆうげん)の句「木曽殿と背中合わせの寒さかな」が有名である。
さて、訪れた目的は義仲、巴御前、芭蕉ではなく「天井画」を見てみたいためです。
庭の奥にある翁堂の天井画は若冲が石峰寺観音堂の天井に描いた花卉図です。廃仏毀釈で流出したものの一部がここに残っているので見に来ました。
伊藤若冲が天明8年(1788)の京都大火で疎開した石峯寺(伏見区深草)で描いた観音堂天井画の一部。本来は182面を擁する大きな格天井であったが、観音堂は明治維新時の廃仏毀釈によって解体。天井画も解体され、古美術商に渡ったのち檀家総代の五代目井上清六が買い取り、167面は、京都市東山通仁王門の真行寺に、15面は義仲寺へと分割奉納された。
各板絵の法量は38㎝四方。胡粉地の塗り残しで直径34㎝ほどの円窓の縁が設けられ、その中に花卉を、円窓に相応しい図案的な表現で描写している。多数の花卉を描いた若冲作品としては、金刀比羅宮奥書院の花卉図(重要文化財)が有名であり、また、期間限定で公開された真行寺の花卉図天井画も話題を呼び、行列ができた。

信行寺(真行寺)さんの天井画と同じ一覧の絵だと分かります。色が鮮明なのは大日本印刷が精巧なデジタル復元をしているためだそうです。実物の天井画は大津市歴史博物館に収蔵されています。

義仲寺は境内全域が1967年(昭和42年)国指定史跡になっています。
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